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人間無骨のブログ。百合のレビューをする。 Twitter:@ZephyrMusician

百合ハーレムファンタジー小説 四日目

Mesmerizer

2-1

 

 

「法務官の方々に協力するのはやぶさかじゃあないですよ、しかしですね……」

 

アドリナでも最大の宿屋。『アドリナの揺り籠』の主人は、いかにも気弱そうなたれ目をタチアナに向けた。

彼女の恰好は破れた拘束服一枚だけで、ほか三人に比べて明らかに真っ当なそれではなかった。

 

「なんだかいかにも危なそうなお客様を泊めて、厄介ごとに巻き込まれるのはウチとしても、ねえ?」

 

いかにここらの治安を守る法務官の頼みといえども、女房と懸命に働いて育てた店を危険に晒すわけにはいかない。主人の態度は消極的だが、断固とした拒絶の意思が含まれていた。

交渉を続けても成果は得られそうもないことをシンクは悟る。実際、密かに行動しているとはいえ、タチアナを憎んだり崇拝している勢力の襲撃がないとは言い切れない。巻き込まれることは誰だって本意ではないだろう。

あまり街中をうろつきたくはないが、下手に揉めて目立つことも避けたい。

 

「残念だな……分かった、他の店を――」

 

とりあえずタチアナの服を用意してから次にあたるか。シンクがカウンターから振り向いた時、タチアナは宿屋の主人にしなを作っていた。

 

「そんなこと言わないで! そのヘンのことはぁ、この子達が何とかしてくれるから……おねがぁい、オジサマ」

 

タチアナには一言で十分だった。

その瞬間、彼は眠りに落ちたように思考力のほとんどを奪い取られていた。

眼の前の相手に従わねばらない。それだけが半ば使命感にも似た強固さで彼を動かす。

 

「ああ……そこまで言うなら……仕方ないですね」

 

虚ろな目のままで、男は宿帳を差し出す。明らかに様子の変わった彼の態度を見て、執行官たちは何が起こったのかを悟った。

 

「アンタ……やったわね」

「まっ、抑制されていても普通の人間相手なら余裕よね」

 

パルの睨みをタチアナは余裕で受け止める。

 

「あの人を元に戻しなさい、今すぐ」

「大丈夫よフォティちゃん、ニ、三分で解けるから」

「やってくれたな……」

 

渋面をつくるシンクにタチアナは優雅に笑った。自分のしたことなど気にも留めていない風だった。

 

「あーら、襲撃を避けるためにわざわざ四人でお忍びの旅を始めたわけでしょ? だいたい、私達を察知して襲ってくるような手合いならどこに泊まろうが、それこそ野宿していようが襲撃してくると思わない? それを防ぐのが貴女たちのお仕事でしょ」

「気にくわんが……いいだろう」

「姉様!」

「マジすかシンクさん」

 

頷いたシンクにパルは詰め寄り、フォティは驚いた。パルは憤っていた。法の番人たる執行官が罪人に丸め込まれるなどあってはならない事態ではないか。

 

「気持ちは分かる。しかし、本気で我々を狙う勢力が存在するのなら、どこに居ようが変わらないのも事実だ。この団体で街中をうろつく方が危険だと、私は判断するが……パルとフォティはどうだ?」

 

シンクが考えていたことは、本当に自分達を攻撃しようとする組織があるかどうかということだった。

タチアナが権力者を煽ったことで多くの命が死と混乱に突き落とされた。狂わされた男共のほとんどは法務官の裁きを受け、あるいは怒り狂った民衆に引き裂かれている。憎悪の矛先が毒婦たるタチアナに向かうのは当然に帰結だ。

タチアナが法務院に拘束された際も、即刻死刑を求める嘆願が殺到している。それでも彼女が処刑台の露と消えなかったのは、犯した罪があまりにも重すぎ、そして下手に殺せば転生によって数十年後に再び行動される危険性を法務院が重く見たからだ。

何が何でもタチアナを殺したい。そう考える勢力が、この護送の情報を掴む確率はどれぐらいか。予想の結果は、今日中にはっきりするかもしれない。

 

「姉様が……そう決めたのなら」

「難しいことを考えんのは苦手なんでシンクさんを信じます」

「決まりね」

 

* * *

 

「食料や服の買い出しに行ってくる。タチアナは任せるぞ」

 

魅惑された主人から鍵を受け取って、シンクたちは客室に集まっていた。自分達を見送る主人がどうして自分が一行を通してしまったのか分からず、ずっと首をかしげていた。

 

「それから、大法務官への連絡もしておくつもりだ。今後の計画は夜に……」

 

シンクは客室の窓から見える尖塔<メルクリウス>に視線を向けた。

法務院が世界各地に建造した通信のための祭壇だ。内部の機関で話者の魔法を増幅することによって遠隔地――法務院との連絡を実現している。執行官の派遣や地方の現状把握を可能とする、法務院の基幹技術である。

 

「それぐらいのこと、あたしとフォティに任せてください! シンク姉様がわざわざ出ることはありません」

「うぇ!? 私もなの?」

 

すでに荷物を床に投げ出してベッドに引っくり返っていたフォティは思わぬ展開に飛び起きる。

 

「あんたも姉様の後輩でしょ」

 

ベッドに腰掛けて休んでいたパルは身を乗り出した。

後輩の献身にシンクは手を振った。

 

「君らは苔竜と戦ったばかりだろう。休めるうちに休んでおけ。それじゃ、行ってくる」

「わ、分かりました。お気をつけて」

 

シンクの言葉に反論できず、パルは彼女を見送ることとなった。フォティもほっと溜息をついて再び寝転がる。

ベッドの上に戻ったパルは、言いつけどおり宿の椅子

でくつろぐタチアナの監視を始めた。タチアナはパルとフォティの隙を伺うこともなく、眠るように目を瞑って椅子へもたれている。フォティのように話しかける気になれずパルはただ黙って魔女を見張る。

 

「にしてもさ、パルってばシンクさん好きだよねー……」

 

沈黙に耐えかねたのはフォティが最初だった。

法務院で初めて会った時からパルはシンクを姉様と呼んで慕っていた。確かに実績も実力もある優秀な執行官だと思うが、フォティにはどうもパルの気持ちは分からなかった。誰かに憧れるぐらいなら、そいつを追い抜かしてやろうというのがフォティの考え方だった。

 

「姉様は法務院で一番優秀な人だもの。もっと尊敬されてもいいぐらいよ! 『野蛮人』のあんたも見習いなさい」

「ま、実際この任務が終われば法務官に出世するんだろうけどさ」

 

法務官に選ばれるのは法務院の信任を得た貴族が大半となるが、ごく一部は熟練の執行官が昇進することでその座に就くこととなる。

シンクはこれまでの実績と周囲の人望からして、昇格は確実だった。

この任務に選ばれたのも、その能力が買われたものだろうとパルは思った。ただ、その場合疑問に思うことがある。シンクはともかくして、自分やフォティは到底シンクに並ぶ実力を持たない。女性しか選べないという縛りがあったとしても、より優れた執行官などいくらでもいる筈だった。

 

「姉様のためにも、ちゃんとあたしとあんたでちゃんと見張っておかないとね……。ほら、寝ころがってないでしゃんとしなさいな」

「あいあい、りょーかい」

「別に……そこまでしゃかりきにならなくたって私は逃げられないわよぉ?」

 

二人分の視線を浴びたタチアナは片目を開いた。

 

「出鱈目をッ!」

 

面白がるような口調にパルは気色ばむ。

動じることなくタチアナは大袈裟に天を仰いだ。

 

「お役所仕事も大変ねぇ……貴女たち、自分にされたことも知らされてないの……」

「ん? そりゃどういうことですタチアナさん」

「そいつの言うことに耳を貸さないでッ!」

「ふふ……法務院の人柱にされてるのよ。貴女たち三人はねぇ」

 

人柱。その穏やかならざる響きに、パルもフォティもたじろいだ。タチアナの言葉には迷いがなく、不気味な説得力に満ちていた。

 

「いいわ、信じないようなら教えてあげる――」