百合ハーレムファンタジー小説 五日目
Mesmerizer
2-2
「そーね、直接見るのが一番でしょ」
「ちょっとッ! 何をする気よ!」
タチアナは席を立った。
即座にパルはベットに置いていたホルスターから銃を抜いた。脚に照準し、魔力の充填を開始する。何かあれば容赦なく撃つと、パルはタチアナへ言外に伝えていた。
「よしてよ、貴女たちのためにやってるのにぃ……」
「だからって、好き放題やらせるわけにはいかないわッ!」
譲ろうとしないパルにタチアナは溜息をつく。
「そうね、じゃあ貴女が近づいてくれる?」
「なんですって」
「貴女が私の傍に来るの。嫌ならいいわよ? 自分の身に降りかかってることが知りたくないんならね」
「む……」
パルは逡巡する。自分たちの身に何かが起きている――認めたくないがそれは間違いない。この任務には不可解なことが多すぎるからだ。しかし易々とこの女の意図に乗せられるのは危険すぎるだろう。これまでにどれだけの犠牲者がタチアナに操られ、道を踏み外してきたか。賢君と讃えられた東国のガラドゥ王が、数か月で自国の人口を三分の一にしたことを思いだせ。多民族が宥和していたイェルナーでの虐殺を忘れるな。どれもこれも、眼の前の女が仕組んだことだ。こいつは、世界のあちこちに傷跡を残した。そのどれもが化膿して、今も死臭を放っている。書物にあった虐殺の記録のおぞましさをパルは思い出す。
「フォティ、あんたがこの女を拘束して」
「私でいいの」
「あんたの力で駄目なら、諦めるわ」
野蛮人、山猿女、フォティは同僚にそんなあだ名をつけられていた。
たしかに、そうだ。彼女がしょっちゅう騒ぎを起こしたり不規則に突っ走って和を乱しているのはパルだって知っている。
しかし、パルは自分の親友が戦闘の実力だけなら法務院でも屈指の実力者で、さらに、ここ一番では絶対に期待を裏切らないということも知っている。
だから、パルはフォティの力を信じた。
「……どーんと、任せてくださいよ」
フォティは飛び起き、タチアナの細く白い頸に腕を回した。力を込めれば、瞬時に気管を閉塞させることが可能だ。この距離なら、魔法が発動するより早く絞められる。魔法が実際に行使されるまでには時間差がある。優れた戦士はその一瞬で、致命的な一撃を打ちこめるのである。余計な邪魔が入らないから、フォティもまた格闘戦を好んでいた。
「窮屈でしょうけど、我慢してくださいね」
「うふ。首絞めが好きだったヤツのこと、思い出すわぁ」
「で、あたし達にされたこととやらを、どうやってみせくれるのかしら?」
「いいわよ……見せてあげる」
蝶々でもとまらせるように、ゆったりとタチアナは数メートル先のパルにむけて右手を伸ばした。
腕が伸びきるよりも早く、タチアナとパルの間の空間に魔法陣が現れ、青い火花が散った。確認させるようにタチアナは何度も指先で火花を瞬かせた。
その光景にパルは目を剥く。その光景には心当たりがあった。
「封印結界ッ!?」
封印結界。名の通り封印と結界の複合魔法である。結界によって、内部からの脱出を禁じ、封印を以てして外部からの侵入を防ぐものだ。
パルの瞳が魔力で輝く。彼女はかつてシンクが行ったように、タチアナへなされた魔法を解析していた。
ドローミ型複合魔法障壁。超高出力の実体無き檻がタチアナの両手いっぱい程度の範囲に建造されている。通常なら事前に法務院へ使用許可を求める必要のある、神話級の魔法だ。確かにこれならば、タチアナといえども、自由に振る舞うことは難しいだろう。
重罪人であるタチアナにこの処置がなされることはおかしくない。だが問題は――
「まさか……」
強大な魔法は、それを維持するために莫大な魔力を必要とする。
世界で最強最大の竜種<ドラゴン>さえ仔猫のように扱えるドローミ型ともなれば、顕現させるための魔力も尋常な量ではない。通常なら魔力を溜める巨大な魔石碑<モノリス>が仕様されるが、そんな重厚長大の代名詞はこの旅の荷物にはない。
「もう気付いてるでしょ、貴女達は、私を繋ぎ止めるための生きた触媒なのよ」
タチアナの言葉でパルは自覚する。
生体障壁だ。自分達の生命力は、魔力は、タチアナの枷を維持するために消費されている。こうしている間にも。