【百合ブログ】百合Edge

人間無骨のブログ。百合のレビューをする。 Twitter:@ZoolockMetatron

百合ハーレムファンタジー小説 六日目

Mesmerizer

2-3

「生体障壁……! こんなことって……」
「ご名答、中々詳しいのねえ」

顔を歪ませるパルと顔をほころばせるタチアナ。

その二人にとりのこされて、フォティは視線を彷徨わせる。よく分からないけど拘束してなくても大丈夫そうなので、タチアナに腕を巻きつけるのはやめておくことにした。

 

「ちょっ、あの、パル。セイタイショウヘキってのは何です?」

 

この局面での間の抜けた質問にパルは吹き出しそうになった。まったく、この子ときたら。
ソレは、もともとはまったく手におえない神話級の魔物を一時的に無力化するために生み出されたとされている。誰かの命と引き換えに、魔物の自由を奪う魔法。命全てを対象への檻に変換する技術。
文献で語られる生贄や供物という言葉はそうした犠牲を正当化するための物語である。魔法技術の発展で対処不能な魔物が駆逐されるにしたがって魔法も文献の中だけに留め置かれるようになった筈だが。

 

「あんたに分かるようにものすごぉく簡単に言うと、この女を閉じ込めておくために、あたし達の命が勝手に使われてるのよ」
「ずっと見張らなくても済むようになるんならいいんじゃないですか?」
「バカッ! こんな生活が続いたらあたし達、死んじゃうわよ」
「うっは、やべーじゃん!」
「だからずっと深刻なことだって言ってるでしょ!」

 

普段は取り繕っている口調が崩れたフォティにつられてパルも大声で彼女に詰め寄る。そんな二人をタチナアはけらけら笑って見守っていた。

 

「貴女達が選ばれたのも魔法の均衡のためでしょうねえ、フォティちゃんは人獣種<ニンゲン>。パルちゃんは蒼血種<魔族>。シンクちゃんは木精種<エルフ>……種族ごとに魔力の質も違うから」


蒼血種と呼ばれ、一瞬だけパルは表情を曇らせた。しかしすぐさま元の調子に戻って、この事態を分析する。
生体障壁は禁術に類する技術だ。何かを守ったり閉じ込めるために命を使うのは間違っているから。非常事態であれば(そしてタチアナの護送は紛れもなく非常事態だ!)、禁術の使用も許されるが、生体障壁ならその対象者に許可を取る必要があると決められている。なのに、その規則を定めた法務院がそれを破るとはどういうことなのか。

 

「絶対におかしいわ……」
「なんかヤバいことは分かりますけど、シンクさんが帰ってくるのを待ってみたらどうです? 私じゃパルと考えるのは出来ないでしょうから……」
「あーら、パルちゃんと違って冷静なのね」
「自分が考えても理解できなさそうなことは考えない主義なんで!」
「……そうね。今は、シンク姉様を待ちましょうか」

 

不安を抱えたまま、パルは窓の外の通信塔を見た。

* * *


通信塔に入ったシンクを出迎えたのは法務院から派遣されている番兵たちだった。
魔法強化された鎧に身を包んだ彼らはシンクの前に立ちふさがる。通信塔、およびそれによる超遠距離通信技術は法務院が独占している技術の一つ。
その秘密を侵すような不審者は残らず門前払いである。
無言で距離を詰めてくる番兵に、シンクは首から服の下に提げていたメダイユを彼に見せる。
盾と天秤の紋章が刻まれた、執行官の身分を証明するものだ。

 

「特務執行官だ。法務院との連絡を申請するが?」

 

メダイユを手に取った番兵が指に魔力を込めると、メダイユは薄緑に輝いた。偽装ではなく、間違いなく本物の身分章だ。

 

「使用を許可。通話の機密は神の正義と秩序によって保証される……」

 

録音されたように決まりきった調子で番兵は言い、塔の分厚い鉄の扉は開かれる。
内部のエントランスに入ったシンクは、周囲を見渡した。円形の部屋の壁に、等間隔に扉が設置されている。
塔は採光の窓が無く、最低限の照明でうす暗い。数室は他の人間に使用されているのか、赤く封印の魔法陣が扉に浮かんでいた。
通信塔の魔法機構を整備している職員たちがシンクに駆け寄り、彼女を空き部屋に案内する。通信室の中は通話する相手を映し出す特殊な鏡とそれに据え付けられた音声を拾う喇叭型の受話器だけの殺風景なものだ。
シンクが鏡に触れると、彼女の魔力を感知した鏡が彼女の顔ではなく、塔の上部にいる交換手を映し出した。

 

「こちら通信塔<メルクリウス>=アドリナ。どちらと連絡を?」
「法務院本部、大法務官フェイス・グラッドストーンに」
「執務室への通信を試みます……」

 

しばし鏡は暗転、ほどなくしてフェイスの顔が映し出された。そこにはどことなく余裕のようなものが漂っていた。こちらの意図を見抜かれているのだと、シンクは悟る。

 

「半日ぶりか。無事にアドリナに到着できたようで安心したぞ」
「今のところ問題はありません護送は順調と言えます。しかし――」
「ま、法務官の頸木から放たれた特務法務官が定時連絡のためだけに通信塔は使うまい。どれ、話を聞こうか」
「大法務官、我々の任務に就いてお聞きしたいことが」

 

シンクの言葉にフェイスは執務室の椅子にもたれかかった。部下の行動は彼女の予想していた通りだった。

 

「構わんよ、『許可されている』範囲でなら答えてやろう」

 

フェイスの言葉だけでシンクは大法務官の言わんとすることを察した。
上司の前ではあるが、ため息が出た。世界中に公正さを行きわたらせようとする組織であっても、実態はこんなものだ。

 

「我々に施された封印ですが……いえ、大法務官が回答可能な質問事項はないものだと推測します。引き続き任務を続行します、神の正義と秩序のために」
「聡い部下を持つと助かるよ。そう苦い顔をするな。そうさな……お前たちはこの私が見込んだ手練れ揃いだ、特命を受けた身として、『自分自身』の正義を信じて行動するといい」
「自分自身の、ですか」

 

自分自身を信じろ。ありふれた激励ではあるが、神の意思と法を意思決定の基準とする法務院では意味が異なってくる。
フェイスがその言葉になにかしらの含みをもたせているのだとシンクは理解する。今の彼女にはこの程度の示唆が限界なのだと。

 

「他に何か? 悪いが他の大法務官も私の采配にご意見があるようでね……円卓に向かわなきゃならない」
「何も。失礼します、大法務官」


法務院中央議会――円卓と呼ばれ、法が生まれる場所とも言われる意思決定の場。で世界の六人の大法務官が一堂に会し、法務院の方針を決定する場だが、非常事態の際の会議もそこで行われている。
タチアナ絡みの一件には多くの思惑が絡んでいることを実感しながらも、シンクにできるのは通信を切って塔の外に出ることだけだった。
通信塔を出ると、もうアドリナの上空は星々に覆われていた。
法務院のお膝元だけあって、夜でも人出は多い。しこたま酒を体に入れた酔客や法務院に黙認されている妖しげな商売の客引きが街路をうろついている。
法務院の本部が建造されるまでは荒れ果てた農村だったこの街が、ここまで発展したのも、ならず者や魔物を法務院が遠ざけた結果だ。
自分が身を置く組織は確かに世界を良くしている、しかし――
物思いにふけりながらシンクは歩く。ただし、目的地は仲間と護送対象の待つ宿ではない。
人通りの少ない、どこか適当な裏路地だ。
誰かを襲うには、うってつけの。
シンクはだしぬけに振り向く。そこに立っているのは、平凡な見た目の若者だった。飲んでいるのか赤ら顔で、口元は緩んでいる。しかし、その眼光は浮かれた街の空気に馴染むものではなかった。驚くそぶりも見せずに、シンクを見ている。

 

「客引きや夜の誘いにしては、臆病に過ぎるな。私は執行官だ、君の所属と名前を聞かせてもらおうか?」

 

若者は何も言わなかった。それが答えだった。
シンクは己の得物の柄に手をかけるのと、若者が――所属不明の暗殺者が袖口に仕込んだナイフを展開するのはほぼ同時だった。