百合ハーレムファンタジー小説 一日目
Mesmerizer
1-1
その魔女裁判は静寂の中で行われた。
ただ、それは愛の告白の直前のような、一瞬で崩れ去る危うい静寂であることに法廷の誰もが気付いている。
「判決を申し渡す」
判事は意を決して口を開いた。その場にいる誰もが彼女に視線を向ける。
書記官、弁護士、そして被告人。法廷に立つ全員が、女だった。
異例ずくめの裁判だった。傍聴は厳禁。携わる人間は女性のみ。裁判所の周囲は選りすぐりの執行官による厳戒態勢。
今頃、外では世紀の魔女裁判の結果をいち早く知ろうとする野次馬と隙あらば内部に投入しようとする不届き者で混沌の様相を呈しているだろう。
判事は被告人を睨み付けた。それもこれも、すべてこの女のせいだ。
この魔女が、神の法の秩序を乱したのだ。
判事の視線を感じて、魔女――タチアナは微笑んだ。母親に向けるような親しみをこめて。
「被告人――タチアナ・テイルナインは『終末地』にて懲役5000年に処す」
それは、100年に渡って、世界を死と混乱の巷に叩き落した傾世の魔女が裁かれた瞬間だった。
***
大法務官に呼び出された時、もう始末書は書き終えたはずだとフォティは思った。
逮捕の際に窃盗犯を手荒に扱った件は、もう戒告を受けた。だとすれば今度は何だ。どうせまたやり過ぎは秩序の崩壊に繋がるだとか言われるのだろうが。
しょうがねえ――いや、仕方ないではないか。あのコソ泥をブン殴ったのだって、別にワザとではない。進退窮まった奴が子どもを人質に取ろうとさえしなければ、私としても穏当に拘束するつもりだった。でも、子どもに手を出すような輩は手加減してはいけないだろうに。
寮を飛び出し駆け足で、自分の上司にしてこの世界の法を体現する存在であるところの大法務官様の執務室へとフォティは向かう。彼女の風のような足取りに廊下を歩く同僚たちは眉を顰めた。また『野蛮人』フォティが戒告を受けるのかと。
『寮では走るな!』と説教する声が聞こえないことをフォティは訝しんだ。いつもなら、友人が飽きもせず部屋から飛び出してくるのだが。
まぁいいや、とフォティはその疑問を道端に投げ捨てて、そのまま執務室の扉の前に立った。深呼吸して、ノックを三回。音もなく扉は開かれる。
「フォティ・リルヴァーン、ただいま参りました」
「よく来たな、フォティ」
あいも変わらず大法務官フェイスは部屋の奥の机で冷然としていた。
氷の像。鉄の女神。それが陰でフェイスに付けられたあだ名だった。
以前の戒告と違う点は、彼女と大法務官のほかにも部屋に人がいることだった。
見知った顔が二人、そして拘束服と封面を被せられた罪人と思しき何者が一人。
なるほど、彼女ってば先に執務室に居たから私に説教できなかったんだ。
「パル! あなたもやらかしたんですか? それにシンクさんまで」
まずいと思った時には手遅れだった。ファティは上司の前で素っ頓狂な声を上げていた。彼女は思ったことをすぐ口に出す癖を直さないと、と後悔する。
パルと呼ばれた、彼女の友人も肩を竦める。
「ありえないわね。落ち着きなさい」
「大丈夫だ、フォティ。今日の君は戒告のために召集されたわけじゃない。先ずは大法務官の前に並ぼうじゃないか、忠実な部下としてね」
大先輩であるシンクの言葉を受けて、あたふたとフォティはパルの横に並んだ。謎の罪人を挟んで大法務官とその部下は向かい合う格好となる。法の番人に挟まれて、罪人は微動だにせず堂々とした雰囲気さえ漂わせて立っていた。
封面で顔を隠されているということは、「人である権利を奪われた」ことを意味している。大量殺人か禁術か、そのクラスのヤバい犯罪者のようだ。
それにしても大罪人が捕縛されたのなら執行官の間でも話題になるはずだが――
疑問を抱いて罪人を見つめていたフォティはぞくりとした。
目が合ったように、感じた。
封面は五感を剥奪するはずなのに。眼の前の罪人は、何も感じられないはずなのに。
それなのに、見られた。視線を合わせられた。
相当危険な相手と対峙していることを、ようやくフォティは実感していた。
「諸君、前置きは抜きにしようか。君らの目の前にいるのは傾世の魔女タチアナその人だ。知っているだろう……一ヶ月前、彼女に判決が降りたことは」
執務室がどよめく。
ファティはもちろん、パルやシンクにとっても予想外の宣告だった。
そしてフェイスが続ける言葉で、どよめきは更に大きくなっていく。
「フォティ・リルヴァーン。パティエンス・アルロバルジュ。シンク・イア。この三名は本日付けで特務執行官に任命する」
「私がですか」
フォティの驚愕を彼女は無視した。
「任務はタチアナを終末地まで護送することだ。任期はこの瞬間より護送完了まで無期限。『神の秩序を達成せよ』」
フェイスが最後に発した文句は、法務院に勤めるもの全てに課せられた絶対的規範。
つまりは、断ることは許さないという無慈悲な宣告だった。