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百合ハーレムファンタジー小説 七日目

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百合ハーレムファンタジー小説-その設定 - 【百合本の感想】百合Edge R&D

 

Mesmerizer

2-4

シンクと対峙する暗殺者は、彼女に勝てると思ってはいなかった。

法務院の矛であり、盾でもある執行官に正面から挑むなど無謀だと男は理解していた。
しかし、彼は無謀であっても無策ではなかった。その狙いは陽動にあった。みえみえの尾行と正面からの突撃でシンクの注意を引きつけている間に、背後から迫るもう一人の刺客を隠す。それが彼らの戦略だった。

 

ゆっくりと間合いを詰めながら男はシンクの構えを視認する。納刀したまま身を低くしたあの体勢、東国で伝えられる抜刀術の類か。刀身と腕に魔力を集中させることで、あらゆるものを両断する技術だと聞いている。前方と後方から同時に迫る相手に適した戦法とは思えないが、油断は出来ない。相棒が背後を取っていることは気付かれているものとして、戦うべきだろう。すべきことは、『分かっていても躱せない』状況を作り出すこと。渾身の一閃を以て、背後の攻撃は魔法障壁で凌ぐという選択肢を潰す。眼前の脅威の対処に全ての力を使わせれば、こちらの勝ちだ。

男は出し抜けに左手を突きだし、閃光を放った。シンクの反応を確認する時間さえ惜しんでそのまま突っ込む。視覚妨害と身体強化の複合魔法。目くらましが不発に終わっていたとしても、彼女は自らを狙う凶刃は迎撃せざるをえない。そして、防御の一手を打った間隙に差し込まれるのが、相棒の刃だ。暗殺者は勝利を確信していた。たとえ自分が斬られることとなっても、任務は果たせる。それで、いい。

 

暗殺者の目の前でシンクの刀が煌めいた。自身のナイフが届くよりも先に、シンクの刃が脇腹に沈み、そのまま脊柱や肋骨や心臓を通過していくのを彼は感じた。血が飛沫を。一刀両断だった。死にゆく体がそうさせているのか、一瞬をひどく長く感じた。

ここまでは、計算通り。あとは仕上げを待つのみ。

しかし、薄れゆく意識の中で彼は瞠目することとなる。

 

まずは、シンクの背後で斃れる相棒の姿。攻撃されたそぶりさえ見せずに、相棒もまた地面に伏せようとしていた。悟られていたというのか。しかし、あの状況でどうやって。

そして暗殺者は再び衝撃を受ける。自らと、そして相棒を屠ったシンクの刀。半分もなかった。そこにあるべき刃は無く、折れた刃が僅かに残されているだけだった。

 

「無想顕刀流の剣閃は一閃にて止まず……よく覚えておくといい」

 

 

二人の刺客を返り討ちにしたシンクは薄く笑い、刀を鞘に納めた。
シンクの武器は魔力を集中させることによって形成された不可視の刃<ノーションエッジ>。それに通常の剣の常識は通用しない。彼女の刃は伸び、撓り、曲る。シンクがしたことは、目の前の敵を一撃で斬り伏せただけだった。一つの動作で、二つの斬撃を出現させ、前後双方の敵に斬撃を与えたのである。剣士の心象から無数に顕現する刃によって、複数の対象を同時に切断する。それが彼女の修める剣術の真骨頂だった。

 

「さて、君には色々と訊きたいことがあるんだが……」

 

シンクは振り返り、胸を抑えて呻いている刺客にしゃがみこんだ。陽動を担っていた方は斬ったが、こちらには致命傷を与えていない。魔力の刃は加減すら可能なのだ。

自分から情報を聞き出そうとするシンクを前にして、刺客は抵抗しようとしなかった。ただ、短く、そして致命的な詠唱を口にするだけだった。

 

「が……ッ、ごぼッ」

 

その瞬間、彼の体の各所に埋め込まれていた猛毒の嚢胞が破裂した。効率的に配置された神経毒が速やかに彼の生命に幕を落とし、魂に刻まれた記憶を裁断していく。治療魔法も間に合わない、完璧な自殺だった。

 

「自害だと!? こいつ……」

 

もはや助けることが叶わないことを悟ったシンクは、目を見開いたまま絶命している刺客の体を検める。予想通り、身元や所属に繋がるようなものは見つからなかった。おそらく面も割れていないことだろう。もはや、彼らの素性は闇に葬られてしまった。シンクにとって手がかりとなるものは、高度な訓練を受けたであろう身のこなしと、そして敗北すれば速やかに自死を選ぶという行動様式のみだった。
しばらくした後に、シンクの出した結論は宿に戻るまで推理を保留するというものだった。フォティはともかくパルと話せば、なにかしらの組織に思い当たるかもしれない。

 

「……やれやれ、ひとまずこの街の法務官に通報しなくてはならないな」


* * *

宿に戻ったシンクをまっさきに出迎えたのは、深刻な表情のパルだった。自分達をとりまく陰謀をすぐさまシンクに伝えようとしての行動だった。

 

「姉様も気付いていたのですか?」

 

既に一行は情報を共有していて、作戦会議に入っていた。といっても、主に発言するのはシンクとパルだけで、フォティはベッドに腰掛けて傍聴に徹していたし、タチアナは興味なさ気に話し合う二人を眺めていた。

 

「確証がつかめるまでは黙っておこうと思ってね……すまないね、すぐにでも伝えるべきだったかもしれん」

「それより、あたし達を狙う勢力が現れたことの方が問題です! これでは極秘任務の意味が……!」

 

少人数による護送は、タチアナを狙う勢力からの襲撃を避けるためのものでもあるはず。なのに護送を開始して早々、謎の暗殺者が現れるとはどういうことか。パルの胸中は不安と疑問でいっぱいだった。とんでもないことに巻き込まれている。それだけは、間違いない。

 

「まさか法務院が情報を……?」

「あり得なくはないが、私は違うように感じるな。あの刺客の動きは……なんとなくクセがあるように見えた。どこか、別の組織から派遣されたのだろうさ」

「あたし達、一度法務院に戻るべきではないでしょうか。不可解なことが多すぎます!」

 

身を乗り出すパルをシンクは手で制した。

 

「いつもは冷静なパルらしくもないな。そんなことをしてどうなる……どのような状況にせよ、タチアナは誰かが絶対に幽閉しなくてはならない存在だ。私達が任務から外されたところで別の誰かが任務にあたって、護送に向かって、また狙われるだけさ」
「……ッ! ねえ、フォティはどう思う?」

 

パルの提案は、臆病風に吹かれてのものだった。しかしそれを認めたくなくて、彼女はフォティに助け船を求める。

 

「私はシンクさんの意見に賛成します。まぁ、何が来ようとブチのめしたらいいわけですし? 私はバカなんでそれ以上はなんとも言えないですね」

「ぶちのめすって……そりゃそうかもしれないけど……。この旅、納得いかないことだらけじゃない! 貴女は恐ろしくないの、不安にならないの?」

 

言葉を絞り出すパルを、フォティはベッドから降りて正面から見据えた。

 

「大法務官がやれと言ってたんです。だから、私は何が何でもやり遂げます。どっかのクソッタレに邪魔されそうだとか命が使われてるだとか、そんなの知りません。私は絶対にタチアナを終末地まで送り届けます。それが、執行官のすべきことです」

 

フォティの言葉には一切の迷いがなく、パルは何も言い返せなかった。

 

「不安なのは分かるさ。私だって正直嫌な予感はしている。だが、投げ出してどうする? これは誰かがやらねばならない仕事だ。それに、私達が選ばれたことにも何か意味があるのだと思う。フェイス大法務官は、他の大法務官の反対を押し切って人選を進めたらしいからな」

「暗い顔はなしですよ、パル。だぁーいじょうぶですって! 私がいるじゃないですか! それにシンクさんだって」

 

俯くパルにシンクとフォティは語りかける。

 

「あらあら……仲のいいことね」

「当ったり前です。パルと私は大親友ですからねッ」
「で……方針はお決まり? 執行官のみなさん。私からすればどうだって構わないけどォ」


笑うタチアナをきっ、と見据えて、パルは立ち上がった。

 

「やってやるわ。もう、後戻りなんてできないだろうし……。自分可愛さに何かを投げ出すなんて、できない」

自分自身の声が震えていることにパルは気付いている。しかし、彼女は決意を固めていた。そうだ、勝手な都合で誰に重い荷物を押し付けるなんて許されることじゃない。自分なら、決して許しはしない。自分はあの連中とは違う。パルが思い浮かべるのは、遠い過去の暗い思い出。まだ、その呪縛は解けないでいる。


「そ。じゃあ今後ともよろしくね」
「では、明日の予定を立てておくとするか」

 

議論に一応の決着がついたのを見届けてから、シンクは部屋に置いていた荷物から地図を取り出した。机に拡げ、そこに魔力で赤く輝く線を引いていく。

 

「我々の次の目的地は教会都市『ベイトレイム』。ここから北上してベイト山のトンネルを超えた先だな。早朝に出発すれば、夜には到着できるだろう。食糧や消耗品は補給済みだ。何か質問は?」

 

本来ならアドリナからベイトレイムへの旅路は飛行艇の定期便による快適な旅が約束されている。しかし、魔法制御の乗り物を乗っ取りかねないタチアナがいるパーティにとっては無縁の話だった。

 

「そのトンネルってのはどういう状況なんです?」

 

シンクの言葉にフォティが手を上げた。

 

「百年ほど前、巡礼者のために掘り抜かれたものだ。旧街道と違って現在も管理されているから、魔物の心配はないだろう。しかし……」

「再びの襲撃があり得る。そうでしょう姉様」
「そういうことだ。敵の狙いはおそらくタチアナだろうが、連中が我々の生体障壁まで把握しているかどうかは未知数だな」

 

魔女の存在という不安要素に加わる、謎の敵対勢力。旅の前途にシンクとパルは顔を曇らせた。

 

「心配しなくても私達なら負けませんて! とにもかくにも、もたもたせずに目的地へ一直線が一番じゃないですか? 連中だって教会都市で悪さするのは難しいでしょうし」

 

フォティの能天気な見込みにパルは肩を竦めた。しかし、彼女の言い分はあながち間違いでもない。もたつけばそれだけ襲撃の隙を晒すことになる。退かぬと決めた以上、進むのが最善だ。

 

「こんなところか。明日に備えて今日は休む……と、言いたいところだが、先刻の敵襲もある。今後は交代で哨戒を行う」

 

地図を畳んで、その上にシンクは手を置いた。夜間哨戒の疲労はある程度なら魔法で誤魔化せるだろうが、眠らずに警戒を続けることの負荷は計り知れない。撃退には成功したものの、これから先の旅路で強いられる消耗は、大きな打撃だと言える。そのことも、敵の狙っていたことかもしれないが。
敵の正体を一刻も早く暴くことが必要だとシンクは考える。素性が割れれば、いくらでも対策を練ることができる。どれだけ警戒していてもいずれ隙が生じることを考えれば正体不明、神出鬼没のままでいさせるわけにはいかない。

 

「んじゃ~見張りは私がやりますよ」

 

哨戒に名乗りを上げたのはフォティだった。

 

「任せるぞ、フォティ」

「何かあったらすぐに伝えるのよ、いいわね?」

「はい!」

 

元気よくフォティは頷き、拳を鳴らした。こういう仕事は慣れている。昔は、ずっと粗末な掘立小屋の中で倉庫番をしていた。かつての仕事場に比べれば、フォティにとって隙間風も目障りな虫もいないこの宿屋は天国のようなものだった。

四人にとって初めての夜がようやく訪れようとしていた。